1)民法改正と原状回復

平成29年6月2日「民法の一部を改正する法律」が公布されました。

今回の改正は家族法及び債権法に関する法令が対象となっています。

家族法では一部本年1月から施行されている部分もありますが、債権法の施行は来年4月1日となっています。

賃貸借に関係する条文も大幅に改正されました。

多くは蓄積された判例を明文化したものです。

賃借人の原状回復義務に関し、今までは賃貸借を解除した場合にはその損害賠償をさまたげない(620条)、と概括的に述べられているにすぎなかったのですが今回の改正では621条(賃借人の原状回復義務)「賃借人は、賃借物を受け取った後にこれに生じた損耗(通常の使用及び収益によって生じた賃借物の損耗並びに賃借物の経年変化を除く、以下この条において同じ。)がある場合において、賃貸借が終了したときは、その損耗を原状に復する義務を負う。ただし、その損耗が賃借人の責めに帰することができない事由によるものであるときは、この限りでない。」と新たに明文化されました。

既に判例により定着した考えを条文にしたものでありこれにより現状が変わるわけではございません。

2)民法改正と敷金

従来、民法には敷金に関する規定はありませんでしたが今回の改正では下記条文が新たに追加されました。

第四款 敷金 (新設)

第622条の二①賃借人は、敷金(いかなる名目によるかを問わず、賃料債務その他の賃貸借に基づいて生ずる賃借人の賃貸人に対する金銭の給付を目的とする債務を担保する目的で、賃借人が賃貸人に交付する金銭をいう。以下この条において同じ。)を受け取っている場合において、次に掲げるときは、賃借人に対し、その受け取った敷金の額から賃貸借に基づいて生じた賃借人の賃貸人に対する金銭の給付を目的とする債務の額を控除した残額を返還しなければならない。

一 賃貸借が終了し、かつ、賃貸物の返還を受けたとき。

二 賃借人が適法に賃借権を譲り渡したとき。

②賃貸人は、賃借人が賃貸借に基づいて生じた金銭の給付を目的とする債務を履行しないときは、敷金をその債務の弁済に充てることができる。この場合において賃借人は、賃貸人に対し、敷金をその債務の弁済に充てることを請求することができない。

これも従来の判例を明文化したものです。

ただ、今後「保証金」という名目で敷金と異なる効力を持った契約をする場合は、その内容を明記しない限り「敷金」として扱われることに注意する必要があります。 

3)民法改正と連帯保証人

賃貸住宅の契約においては連帯保証人をつけることが条件となっているものが大半です。連帯保証人には大きなリスクがあることに変わりませんが今回に改正により保証人のリスク回避のため重要な改正がありました。

賃貸住宅の保証は金額の明示のある特定の債務を保証するものでなく、一定の債務の範囲つまり賃借人の賃貸契約に係る債務を保証するものです。債務の範囲を指定した保証は「根保証」と呼ばれ、賃貸借契約の保証は殆どがこの根保証です。根保証に関し下記改正がなされました。

(個人根保証契約の保証人の責任等)

第465条の2 ①一定の範囲に属する不特定の債務を主たる債務とする保証契約(以下、「根保証契約」という。)であって保証人が法人でないもの(以下「個人根保証契約」という。)の保証人は、主たる債務の元本、主たる債務に関する利息、違約金、損害賠償その他その債務に従たる全てのもの及びその保証債務について約定された違約金又は損害賠償の額について、その全部に係る極度額を限度として、その履行をする責任を負う。

②個人根保証契約は、前項に規定する極度額を定めなければ、その効力を生じない。

旧民法第465条では、根保証契約の極度額の設定は、金銭の貸渡し又は手形の取引に限定するとされていました。今回の改定では金銭の貸渡し又は手形の取引に限定する旨の文言が削除されました。 今後、判例を見ないと分からない点もございますが、賃貸借契約における連帯保証についても本条文が適用され、極度額の定めのない連帯保証契約は無効とされるものと思われます。 

今回の改正の大きな流れとして保証人の保護が図られています。この条文の修正もその一環といえるでしょう。

4)民法改正④ 原状回復及び有益費の請求期限

賃貸借契約における第600条「損害賠償及び費用の償還の請求権についての期限の制限」について第二項が新設されました。

第600条

①契約の本旨に反する使用又は収益によって生じた損害の賠償及び借主が支出した費用の償還は、貸主が返還を受けた時から一年以内に請求しなければならない。

②前項の損害賠償の請求権については、貸主が返還を受けた時から一年を経過するまでは時効は、完成しない。

本条は貸主からの原状回復費用の請求及び借主からの有益費等の償還請求は、明け渡し後一年以内にしなければならないというものです。 今回②が新設されました。 

②は、「債権は行使できることを知った時から5年、又は行使できる時から10年経過すると消滅する」、所謂消滅時効から貸主を守る条文です。 つまり10年前に建物に借主の過失による損耗があった場合、貸主が損害賠償請求権を行使できるのは損害の発生を知ってから5年又は発生してから10年以内ということになりますが、それを否定して明渡しを受けて一年を経過するまでは貸主は請求権を有するとしたものです。

 

ついでながら今回時効に関し大きな改正がありました。

従来、飲み屋のツケ、旅館の宿泊費、医者の診察代、小売店の商品代など品目ごとに1年から3年の消滅時効が設定されていましたがこれらは全面廃止。 債権の消滅時効は商事債権も含め一律次のように改正されました。

第166条①債権は、次に掲げる場合には、事項によって消滅する。

一 債権者が権利を行使することができることを知った時から五年間行使しないとき。

二 権利を行使することができる時から十年間行使をしないとき。

②債権又は所有権以外の財産権は、権利を行使することができる時から二十年間行使しないときは、時効によって消滅する。

③(省略) 

5)民法改定5(法定利息)

法定利息は現行、民法では年5%、商法では年6%とされています。 今回はこれを一律年3%とし、三年毎に見直すものと改正されました。 

第404条

①利息を生ずべき債権について別段の意思表示がないときは、その利息が生じた最初の時点における法定利息による。

②法定利息は、年3%とする。

③前項の規定にかかわらず、法定利息は、法務省令で定めるところにより、3年を一期とし、一期ごとに次項の規定により変動するものとする。

④、⑤ (省略)

現行の法定利息は、常に変動する現在の市場にマッチせず、現在の市中金利との乖離が大きくなっています。

不動産の賃貸借契約はほとんどの場合商法が適用されますので、賃料の遅延損害金等に関し利息の取り決めがなされていない場合、現行では損害金に6%の利息が加算されます。今回の改正により来年4月1日以降に契約されるものについては、最初の3年間は3%が適用されることになります。 その後3年毎に直近の金利などを参考に決定されます。 敷金返還請求権についても特別の取り決めがない場合この変動金利が適用されることになります。 

6)民法改正6(損害賠償額の予定)

借主が負担する原状回復費用というのは損害賠償額です(「民法改正1」参照)。 損害賠償額は予め決めておくことができます。 改正後の条文は、

第420条

①当事者は、債務の不履行について損害賠償の額を予定することができる。

従来の条文ではこの後に「この場合において、裁判所は、その額を増減することができない。」とのただし書きが記されていました。つまり損害賠償金の予定額を取り決めた場合は、その額は裁判所をも拘束するとなっていましたが、理不尽な予定額であれば裁判所の判断で損害賠償金を増減できるということになります。

関西以西の不動産の賃貸契約書では「敷引き」が慣例になっています。「敷引き」を一口に損害賠償額の予定と解釈することには抵抗がありますがそれに近いものであることに変わりはありません。「敷引き」の有効性については平成20年前後に関西地区で大いに争われました。結局、最高裁まで争われ、平成24年最高裁で「敷引き」を一定の限度で有効とみなし結論に達しました。今回の改正は、その判例を踏まえ予定額を増減できるとしたものと思えます。 尚、関東地区では「敷金は退去時に賃料の一ケ月分を償却する」といった文言で時々見られます。特にペット飼育を可とする物件ではペット飼育による目に見えない損耗の賠償金を予め定めておくケースが多いようです。

いずれにせよ今回の改正により裁判所の判断にて予定額は変更されることがあるということになりました。

 

*敷金診断士紹介(敷金バスター)

http://www.shikikin.org/

 

(梶田行政書士・敷金診断士)